事業の許可があったことから大坂の住友からの金策が緊要になり一月一五日、田沢、鷲尾の両名は、東京より大坂に向かい、同月二八日、大坂に着き、前年来住友金策に尽力していた吉田倍太郎方に行き交渉にあたった。その結果、吉田を東京に同行して協議することにした。二月二二日、田沢と鷲尾は安永土木正の邸宅に赴き吉田を紹介し面会させた。吉田は住友は三〇万両は貸し出すが、民部省より確証の公文書が必要であると述べた。安永は、越後藩県が保証するのはいいが、本省の確証は聞き届けられないと断言、結局交渉は不調に終わった。土木司は、藩県からの金員調達を行なうよう指示し、高橋は急きょ帰国し新発田藩はじめ有志者と協議し、工事着手次第、出金することを決定、二月二八日、高橋は大矢とともに再び上京し、土木司に上申、新発田藩少参事冨樫万吉が上京して具申することもあわせて申告した。