廃止理由

オランダ人の技師リンドーが大河津分水の利害得失を調査、工事中止を政府へ勧告していた。そこで政府部内でも大河津分水工事の継続か、廃止かをめぐって論議されていたものと推測される。明治八年三月、内務省は新潟県は分水工事を廃止するとして次ぎのような令達をした。信濃川分水掘割工事は、調査検討した結果、廃止することとした。明治五年岡本大蔵大丞が出張し説諭した後の課収金は還付する。信濃川改修工事は水利実測のうえ施行する。この趣旨を人民へ懇篤説諭すること。新潟県庁は、この令達によって関係の村々を呼び集め説諭した。一部の有志者は事業再興を主張して異義をとなえたが、多数はみな説諭に服した。鷲尾はこの廃止理由について次のようにしるした。その理由は、前述、政府の御雇いオランダ人の技師リンドーが出した復命書によるとしたが、単に復命書の為のみでなく、八百有余の町村はことごとく賦課金幾分の還付を甘受したのみをみれば、人民がかっての水害の惨状を忘れてしまい、独り目下の利に汲々とし、工事にむけて協同一致してきた町村も一朝瓦解したからである、と無念の心境をのべている。また、鷲尾はリンドーが戊辰洪水の惨況を目撃しておらず、明治六年になって信濃川を測量しているが、そのころは連年破堤の害はなく平穏無事のときであり、一時の憶想によって、このような無責任な復命をしたのであろう。政府はこの一片の復命書によって七〇万円余を消費した大土木工事を廃止し、人民にも賦課金の幾分を還付したのは早計の嫌いがあったのではないかと述べ、廃止の決定を厳しく批判している。

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